ある朝、北海道のとある住宅地。
剣道の竹刀袋を手に学校の通学路を友人と歩く少女がいる。
首に長いマフラーを巻き長い黒髪に青いリボンのバレッタを付けてストレートにしていて
背は低く一瞬中学生にも見えるが、彼女が発する雰囲気は高校生のそれだ。
神奈村 要、高校1年剣道部所属。
悩みは二つ
背が低く歳相応に見られない事。
「かなめ~ニュース見たよ、地方大会優勝おめでとう!!」
「ん~、自分でもびっくりだよ。」
賞賛に答えつつも、どこか周りへの警戒を怠らないような要の雰囲気は友人もとうに慣れたものなのだろう
その所は対して気にする様子もなく友人は続けた
「今日はカラオケかなんか行く?要の優勝記念に私が奢るよぉ~」
「おぉ~、ありがとう…」
そう言いかけた所で、要は何かの気配を察知した。
「…あ」
「ん?どうしたの?」
「ごめん、今日用事があるからまた今度」
「あ、ちょっと要!?」
同僚は呼び止めようとするが要は足早に別の道を歩いていってしまった。
「…用事って何?」
同僚の声が虚しく秋の空に響いた。
「…撒けたか?」
平静を装って全力で歩いたのだろうか
要は辺りを見回し、怪訝な顔をした。
要には見えるのだ…いや、認識できると言うほうが正確か
周囲を漂う半透明の人間のシルエットのような何かが
更にはそれが自分に寄ってくる光景が。
神奈村 要、アイヌ民族の時代から続くまじない士の末裔。
悩みはもう一つ。
霊媒体質。
竹刀袋から愛用の木刀を取り出し、何か目掛けて振る
何かには質量がなく、あっさりと散り散りになって消滅する。
近日、奴らの数が多い。
この数週間で異常に増えている。
「最近多いな、事故でも多発してるのかな?」
そう一人ぼやき、この愛刀を手に入れた日の事を思い出した。
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それはその年の春、要が高校の入学式を迎えた日の事だった。
「要、今日でおまえも高校生だ
そろそろこいつをおまえに授けようと思う」
要の実家は道場も営んでいる、その掛け軸の下にある木刀を
髭の生えた初老の男…要の父は要に差し出した。
「それは神奈村家が先祖代々から受け継いだ神木を刳り貫いて作り出した木刀だ。
七百年よりも昔、初代神奈村家頭首が呪を込めて植えた木だ
恐らくは『そいつら』も祓う事ができよう。」
要は幼い頃から奴等を視る事ができた。
父も嘗ては、実体を持ち世界に災いを呼び込んだ奴等と戦い
やがては奴等が見えなくなった。
古代の文献で、見えざる狂気-世界決壊の影響を長く受けた成人の能力者に起きる精神的な異常-の存在を知って自ら能力を封じたからだ。
要は父から木刀を受け取り、父に対して自分の力への疑問を始めてぶつけた。
「…私も、力さえ封じればあいつらが見えなくなるんじゃないの?
何で、私まで奴等と戦う術を持ってまでこの力を持ち続けなければならないの?」
要は木刀を高く掲げ、続けた。
「それが神奈村家の宿命だから…なんて言ったら私はこの木刀を叩き折って父さんから力を封じる方法を無理にでも聞き出す。」
要は昔から強かった、この木刀を手に入れる前から奴等を消滅させるに至らずとも生まれてから今まで鍛えた力で追い払う事さえできた
まして力を失った今の父が相手なら、文字通り力尽くでその発言を実行する事もできるだろう…
要の父はその威圧感に一瞬言葉を詰まらせた後、答えた。
「…意味があるからだと思う、少なくとも俺は昔この力で母さんを護ることができたからな…
恐らく、力を使うのに限界があるのはもう俺にこの力を持つ意味が無いからだ
要は自分で自分の身を護ることができるしな、今俺にできることはこうして武器と知識を与えることだけなんだよ。」
「…意味、ね。」
要は納得した様子で木刀を下げ、姿勢を正し礼に従って父に頭を下げた。
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要が追憶しながらいつもと違う帰路を辿っていると、ふと足元に何かがぶつかった。
何かと思い足元を見ると、何か鳥のような黒いものが文句を言うように足を叩いている。
しかし、その形状はよく視れば視るほど鳥類とは程遠く生物的にありえない形をしている。
どうやら奴等と同種のものらしいが、それには実体があった。
しかし、暫く要の足を叩いたそれは力尽きたように項垂れて黙ってしまった。
要は鞄からアンパンを取り出すと、小さくちぎってそれに差し出した。
「…これ、食べる?」
神奈村 要、将来の夢は獣医。
理由は一つ、小動物が好きだから。
「…おいで、蹴っちゃったお詫びにもっと食べさせてやるから。」
そう言って出された要の手に、それは大人しく飛び乗った。
「おぉ要、おかえり。」
エプロン姿の父が要を出迎える。
ピンクのレースつきエプロンを作務衣の上に着た髭面初老の男の出迎えに
要はくしゃりと怪訝な顔をして、思いついたように自分の肩を指差し言った。
「父さん、これ視える?」
「んん?見えないが…まさかその類のもの連れ込んだんじゃないだろうな?」
今度は父が怪訝な顔をした。
「大丈夫、こいつの主食はパンだよ…私の知る限りでは。」
要の父から見れば、パン屑が浮いて自然消滅しているように見えるが
実際のところは、黒い鳥のような何かが細い腕でパン屑をカリカリと食べているのである。
「……あ。そうだ要、地方大会優勝おめでとう。」
「遅い、それ一昨日のニュースだよ。」
いまいち冴えない父に要は文句を言う。
「うぐ、そっちからその肩のやつの話題を振ったんだろう…
あとな、あのニュースを聞いて嬉しいニュースが追加でやってきたぞ?」
「何?」
父は髭の中から白い歯を見せてにんまりと笑い、要に手紙を渡した。
宛名は神奈村 要、差出人は私立・銀誓館学園。
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